あらわれた?

現れた?

洗われた



いま、一番楽しいのは「からたちの花」を歌ってるときかな。
先週末や先月に訪れた長野の横谷温泉旅館のコンサートで大滝俊さんの伴奏で歌いました。
先月歌い終わった後に、この旅館には本当にからたちの木があると知って、また歌おうと決めました。
言葉が主体なので、1番から6番までメロディが変わっていくし、拍子もころころ変わる。私もこういう歌を作りたいです。

絵に関しても、四角い紙に描いていると四角い絵ばかりになりそうで、そういう時は自分がつまらない。そうじゃない絵を描きたい。



こんげつ。
糸島の海辺。撮影したのは年始。









「旅=食べること」だと思ってます。
食べものや食べる風景って、風土に欠かせないでしょ?
そこで生きてれば、そこで食べる。
そこで生きてたいんですね。
ここで生きてる私のままで旅をしたいんじゃない。


本を読むことも、本を食べてるというのに近い気がする。
私に関してはね。


この間、一緒に人魚プロジェクトをしている野村香子さんが所属しているモノクローム・サーカスのパフォーマンスを観に行きました。埼玉県の東松山市。
モノクローム・サーカス主宰の坂本公成さん、森裕子さんが踊る「夏の庭」を福岡のイムズ・ホールで観たのはもう10年前。もっと前かとも思ったけど。とにかくまた観られるとは思わなかった。
香子ちゃんのソロ「怪物」。初めて観た。人魚じゃない香子ちゃんも観たかったから。香子ちゃんの踊りからはお話が聴こえると思いました。これは再確認。



お昼ごはんにちょっと食べようと思って作り始めたレシピをよく見たら、「少なくとも2時間煮込むこと」と書いてあることに作りながら気がついたよ。お昼ごはんには食べられなかったよ。
風邪で鼻水が止まらない中で料理するには、素早く素早くしなければなりませんよ。鼻水が落ちるから。息を止めながら作ってる。そして、夜食にも食べられそうなくらい沢山出来たから、すぐに元気になるでしょう。

阿佐ヶ谷のヴィオロンに多田広輝くんの脚本・出演の二人芝居を観に行きました。
生のお芝居を観て時々思うのですが、昨日の会場は特に色んな方向から「舞台」を「客席」を囲んでいるというのもあって、どの場面でどこに注目するのか、それによってどういう体験をするかは人それぞれだということです。画面で観るテレビや映画は、しっかり計算されているであろうカット割があって、そういうことを表現するものだろうから、そこが生のお芝居は大きく違うんじゃないかと。多田くんが身体を伏せて泣き出すと、前列のお客さんの背中や会場の設えの手すりでその姿が見えなくなったのですが、泣いているのはちゃんと分かるのです。他の人には別の見え方をしているに違いないのですが、その場で確かなのは、そこに多田くんがいて、泣いているということ。存在するということ。見え方、見方は何種類もあるけれど。



赤いです。


横断歩道で信号待ちをしていると、通りの向こう側にあるギター屋さんの店頭スピーカーから音楽が聴こえてきます。車が横切る度にその音楽が遠くなって、通り過ぎるとまた元の音量で聴こえます。音そのものは見えないのに、目に見えるもので遮られるのですね。当たり前ですが。